中曽根康弘ー1918年群馬県生れ。大勲位、政治家。東京帝国大学卒。内務省に入省。海軍主計中尉などを経て終戦時海軍少佐で第2次大戦の終戦を迎える。
戦後も第2回衆議院議員選挙に民主党から立候補し当選。
1955年の自由党、民主党との保守合同後できた自由民主党へ。
衆院に20回当選、国会議員を56年7ヶ月の長期に渡って務めた。
科学技術庁長官、運輸大臣、防衛庁長官、通商産業大臣、行政管理庁長官などの要職を歴任。
82年11月の自民党総裁で圧勝、第11代総裁に就任、首相となる、以後5年間首相を務めた。
「戦後政治の総決算」を掲げた。
瀬島龍三(伊藤忠商事)、渡辺恒雄(読売新聞)らをブレーンに起用。
国鉄、電電公社、専売公社の三公社民営化を果たした。
また、米国のレーガン大統領と「ロン」「ヤス」と呼び合う親密な関係を築き、日米安保体制の強化を図る。
訪米時、ワシントンポスト紙幹部と懇談した際の「不沈空母発言」が物議をかもした。
中曽根裁定で後任に竹下登を指名。
首相退任後、財団法人世界平和研究所会長、アジア太平洋議員フォーラム(APPF)初代会長などを務める。

人物名鑑
当サイト「人物名鑑」では、「政治家」「実業家」「作家」「スポーツ選手」「俳優」「歌手」などの略歴、情報、作品、エピソード等を掲載しています。
当サイトでは個人情報保護法の第三条「個人情報は、個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われるべきものであることにかんがみ、 その適正な取扱いが図られなければならない。」 に従って本人の意向で本名、生年月日、出身地、学歴等を非公表としている場合はその情報を記載しておりません。

ア行

カ行

サ行

タ行

ナ行

ハ行

マ行

ヤ行

ラ行

世界遺産


Copyright 人物名鑑 All Rights Reserved.